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えみりの日常

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死に場所の選択

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3月15日、この何気ない日が私の心に大きくその影を落としました。

昨年の3月15日、私は病院に居ました。
妹達と一緒に(私は三姉妹の長女です)。。。
先生の口から出る言葉を固唾を飲んで恐れていました。

「あと、3ヶ月の命ですね。」
父の余命を聞いた瞬間です。
  (この記事、長いです。時間のある時でいいですよ)

予想はしていました。その一週間前、父が精密検査を受けた
病院から、家族に対する呼び出しがありました。
父には内緒でかかってきた電話に病状の重篤さが伺えました。

ガンは覚悟していたんです。でもまさかその場で
命の期限を聞く事になろうとは思いもよりませんでした。

その場で確認された事は、父への告知でした。
本人に末期のすいガンで、あと3ヶ月の命である事を知らせるかです。

抗癌剤で闘うのであれば、本人への告知は必至です。
しかし、父の場合は抗癌剤はいたずらに本人を苦しめるだけで
治療の効果はほとんど期待できないとの事。

私も妹達も、父へは最後まで隠し通す。
その事で、すぐに心は決まりました。

この辺りのことは、以前のブログをご覧になった古くからの
お友達の皆さんはよくご存知のことだと思いますが、
何故、今、この時期にこんな記事をエントリーするのかといいますと、

私の中で大きな後悔が心の中に広がるようになったからです。
これは今さら、どうしようも無いことなのですが、

いつかは誰しもが迎える、死に際に対する考え方が
一変しました。

どういう事かといいますと、
私達は父を在宅で看護しようと決心しました。
(私の両親は下の妹家族と同居していました)

幸い病院は訪問看護ステーションを抱える病院でしたので、
毎日看護師さんが父の点滴に自宅まで通って下さいます。

父の病状を見ながら、次に必要となるものを
先に先に、助言して下さるのでとても心強かったです。

3ヶ月と言われた命ですが、
胃の上部と腸を直接つなぐという手術までして下さり、
お陰さまで、一時は家族旅行が出来るまでに回復しました。

しかし、夏の疲れが出始める頃から、
父の病状は目に見えて悪化してゆきました。

終末期医療(緩和ケア)を中心とした父の在宅看護は
痛みを感じさせないように、モルヒネが処方されていました。
それは痛みの無い最期を家族が望んでいたからです。

そのせいか父はほとんど眠り続ける日がやってきました。

そんな時、点滴を終えて病院に戻った、看護師さんから電話が入りました。
9月2日です。

薬の影響で眠ったままの父がそのまま逝ってしまう危険性が
出てきたとのこと。
今から、救急車を呼んでも病院に連れて来るようにとの事でした。

「お父はん、先生が診察するから病院に来るように言ってるよ。」
「もぅ、ええから、このまま寝かせて置いてくれ・・・」と
言う父の言葉も聞かず、身支度をさせました。

父は救急車を嫌がったので、私の車の助手席の椅子を倒し
そこに寝かせて病院まで連れていきました。

この時、私はまだ心のどこかで、
父の生命力、奇跡を信じていたのかも知れません。

入院してからの父は痛みとの戦いになりました。
死なない程度のモルヒネは父から眠りを奪いました。

痛み止め(モルヒネ)を懇願しても、危険だからと
ダメなんですよ。
病院は患者を死なせてはいけない場所なんです。
最期まで生きることにこだわる場所です。

それまでの在宅での緩和ケアは
安らかな最期を目的としたケアです。

あのまま、眠り続ける中で自宅で逝けたなら
これ以上の最期は無かったかも知れません。

私は死に場所の選択。最期の選択を誤ったと後悔しました。
妹達とも相談して、連れて帰ろうと決心した時に
父は最期の呼吸を終えました。

恐らく、今夜あたりです。。。
その先生の言葉を守るかのように
家族みんなに看取られながら、旅立っていきました。
微かに口元が笑ったように見えました。
それだけが心の救いでした。
9月14日午前3時4分。享年71歳。

余命宣告の3月15日から、丁度、半年です。

3ヶ月と言われた命を
6ヶ月まで生かせて下さった病院の先生、看護師さん、
スタッフの皆さんには、感謝の思いでいっぱいです。

哀しみだけではなく、大きな愛、人の情けなど
感じることの多い優しい時間を過ごしました。

父の居ないこの半年。
時間の流れというのは不思議なものです。

まだ半年と思えたり、もぅ半年って思えたり。
ただ、一つだけ私の中に感じる変化は
父を思い出す時に、ガリガリにやせ細った父ではなく
柔らかに微笑む姿に変化したことです。

そして、あんなに大きな哀しみを経験した後は
多少の事はちっぽけな事に感じるようになったことです。

変なお話をお聞かせしてごめんなさい。
でも、一つづつ、心の整理をしている状態です。
嵐の中にいる時は、何が何だかわからない日々でした。

あのぅ、お友達の皆様、そしていつも「えみりの日常」を
お訪ね下さる皆様。
今日は雰囲気が違うので驚かれたことでしょう。
でも、心配しないで下さい。決して落ち込んでいる訳ではありませんから[E:sweat01]

さぁ、また、明日から頑張って生きましょうね[E:smile]
by emiri-51 | 2007-03-14 21:03 | 親の老いを見つめて

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